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池尻成二事務所 〒178-0063 練馬区東大泉5-6-9 03-5933-0108 ikesan.office@gmail.com

「博物館」らしさは、どこに? ~ハリー・ポッタースタジオ施設~

としまえん跡にできようとしている施設は一体何なんだろう? 少しこのことを考えてみたいと思います。

東京都、練馬区、西武鉄道、ワーナーブラザーズなどが交わした『覚書』では、「スタジオツァー施設等」として書かれています。恥ずかしながら、私は「スタジオツァー」という言葉をよく知りませんでした。ただ、議員向けに開催された事業者の説明会でイギリス・ロンドンにあるスタジオツァー施設の動画を見せてもらって、イメージはしっかりできました。しかし、このスタジオツァー施設、建築基準法では何に分類されるんでしょう?

都市部などでは、都市計画法という法律で建築可能な建物の用途を大まかに定めた地域区分=「用途地域」を指定することになっています。そして、それぞれの用途地域ごとに建てられるもの、建ててはならないものが別な法律、建築基準法で定められています。48条と別表2がそれに該当します。
としまえんがあったエリア、練馬城址公園の区域の大半を占めるエリアの用途地域は、「第二種住居地域」です。商業系や工業系の用途ではありませんが、例えば区内の大半を占める住居専用地域と比べると用途の制限は厳しいものではありません。規制の仕方も、「○○なら建ててもよい」ではなく「○○は建ててはならない」という形になっています。第二種住居地域の規制はこうなっています。

第二種住居地域内に建築してはならない建築物
一 (と)項第三号及び第四号並びに(り)項に掲げるもの※
二 原動機を使用する工場で作業場の床面積の合計が五十平方メートルを超えるもの
三 劇場、映画館、演芸場若しくは観覧場又はナイトクラブその他これに類する政令で定めるもの
四 自動車車庫で床面積の合計が三百平方メートルを超えるもの又は三階以上の部分にあるもの(建築物に附属するもので政令で定めるもの又は都市計画として決定されたものを除く。)
五 倉庫業を営む倉庫
六 店舗、飲食店、展示場、遊技場、勝馬投票券発売所、場外車券売場その他これらに類する用途で政令で定めるものに供する建築物でその用途に供する部分の床面積の合計が一万平方メートルを超えるもの
                            建築基準法 別表第二

この第六号には、第二種住居地域では建てられない施設として1万㎡以上ある大規模な店舗、飲食店などと並んで「遊技場」が出てきます。ハリー・ポッターのスタジオツァー施設は、はたしてここに言う遊技場に当たらないのか? もし当たるのなら、としまえん跡には原則として建設できないことになります。話はすべて振り出しに戻ります。
もちろん、開発を進めようとしている事業者は、この建築基準法の規制はよく知っていたはずです。そこで出てきた説明がこれです。スタジオツァー施設は「博物館その他これに類する施設」に該当する、と。

博物館?? ちょっと驚きました。確かに、博物館ならとしまえん跡地(第二種住居地域)でも文句なく建てられます。しかし、なんとも無理筋の解釈では?
ワーナーブラザーズのアン・サーノフさん(ワーナー・ブラザース会長兼最高経営責任者 CEO)が、こんなことを言っています。

「私たちは西武鉄道株式会社、伊藤忠商事株式会社ならびに芙蓉総合リース株式会社と提携し、世界中で大変人気があり、あらゆる世代の皆様にお楽しみいただける、かつてない体験型エンターテインメント施設、スタジオツアー東京 ‐メイキング・オブ ハリー・ポッターを日本で展開できることをうれしく思います。
ワーナー・ブラザースは約100年にわたり、様々な物語を紡いでまいりましたが、なかでも『ハリー・ポッター』『ファンタスティック・ビースト』シリーズは最も人気があり、多くのファンに愛されているシリーズ作品です。『スタジオツアー東京』はこの伝統を継承しながら、幅広い年代のファンの皆様が作品の世界観に触れ、ご自身でハリー・ポッターの“魔法ワールド”を体感できるユニークな仕掛けをご用意いたします。…」 
MOVIE WALKER press 2020.8.18

アン・サーノフさんは、ワーナーブラザーズの最高責任者として、としまえん跡につくるスタジオツァー施設を「体験型エンターテインメント施設」と呼んでいるのです。テーマパークと呼ぶ人もいます。どちらにしても、博物館とはかなり、違う…

区議会でも、この建築用途の問題が何回か質疑になりました。その中で、区の建築指導課長はこう答えています。

「博物館またはこれに類するもの」については、建築基準法の中で定義しているものはありません。建築基準法上の用途は建築物の使用形態や状況などから建築主事が判断することになります。また、東京都のホームページには博物館類似施設の一覧表が載っております。この中には郷土資料館、歴史館などがあり、芭蕉記念館や佐伯祐三アトリエ記念館など画家や作家などを限定した施設もあります。文化庁ホームページでは、登録博物館、博物館相当施設、博物館類似施設の例示が掲載されていますが、これらは博物館法に基づく分類であり、建築基準法ではまた別の視点で判断をしております。
この施設は、建築確認は東京都の扱いになるので、東京都の主事が判断することになりますが、施設内外に様々な展示物を配置し、来館者が観覧できる施設を建築基準法の「博物館その他これらに類するもの」として判断することになると思われます。

この課長の答弁は、率直に言ってたいへん問題が多い。建築主事という、建築基準法の事務をつかさどる極めて重い責任と権限を有する立場の人であるだけに、なおさら気になります。
「施設内外に様々な展示物を配置し、来館者が観覧できる施設」を建築基準法の「博物館その他これらに類するもの」として判断する、と課長は言います。しかし、展示物があって観覧できるだけなら、無数に「博物館」は生まれるでしょう。展示されているものがどのようなものか。そして、観覧がどんな形、条件、体制で行われているかが、博物館かそうでないかを分ける大切な鍵なのです。
博物館を定義した法律、博物館法は博物館をこう定義しています。

博物館法第2条
この法律において「博物館」とは,歴史,芸術,民俗,産業,自然科学等に関する資料を収集し,保管し,展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し,その教養,調査研究,レクリエーション等に資するために必要な事業を行い,あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関のうち,地方公共団体,一般社団法人若しくは一般財団法人,宗教法人又は政令で定めるその他の法人が設置するもので…登録を受けたものをいう。

「資料を収集し,保管し,展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供」すること。そして、「教養,調査研究,レクリエーション等に資するために必要な事業を行い,あわせてこれらの資料に関する調査研究をすること」が博物館の本質です。そこには、学術性、公共性、そして非営利性という大原則がはっきりと書かれています。こうした条件を忘れて「展示」と「観覧」だけ抜き出すとは、ずいぶんと乱暴な認識です。

8月末、議員に対する計画説明会で、事業者がロンドンにあるハリーポッタースタジオの動画を見せてくれました。このロンドンのスタジオは、インターネットで見ると入場料が47£(ポンド)、日本円で6,400円ほどもするようです。ツァー会社のサイトには、駅からの往復の送迎込みのツァーで軽く1万円を超す企画が並んでいます。気楽に会場を訪れチケットを買おうなど、夢のまた夢…。顕著な営利性、広く公衆に開かれたとはとても言えない運営方針は博物館の本質からはかけ離れています。

また、課長は芭蕉記念館や佐伯祐三アトリエ記念館を例に挙げ、まるでこれとハリーポッターのスタジオが同じものだと言わんばかりの答弁をしています。しかし、芭蕉も、佐伯祐三も、評価の確立した文人であり画家です。ハリーポッターの映画は、ヒットした作品であるとしても、一営利企業の一作品以上ではありません。一つの映画作品をテーマにすることがあってはならないとは言いませんが、それは、その作品の芸術的価値や評価がしっかりと吟味されたうえでのことでしょう。しかも、芭蕉記念館は江東区立、観覧料は大人200円。佐伯祐三アトリエ記念館は新宿区立。入館料は……無料!! よくこんな例を引いたものだと、本当に驚きます。しかし、博物館とはこういうものです。

もちろん、法律上の博物館はきちんと登録しなければならず、館の規模や人員体制などに様々な条件があります。だから、法に基づく博物館であることは必ずしも必要なく、「これに類するもの」でも用途として認められうることとは思いますが、その場合でも、少なくともその機能や目的においては博物館法の趣旨に準じたものであるべきです。それが、建築基準法の「博物館またはこれに類する施設」の意味するものでなければなりません。
ハリーポッターのスタジオ施設を「博物館またはこれに類するもの」として押し通そうとする試みは、建築基準法というこの国のまちづくりの根幹をなす重要な法律に関するコンプライアンスを著しく危うくするものです。

ハリーポッターのスタジオ施設は、「博物館」よりも「遊技場」という用途がはるかにふさわしいものです。実は、建築基準法で第二種住居地域において「遊技場」を含む大規模集客施設の建設が規制されることになったのは15年ほど前のことです。少し長くなりますが、その時の法改正の趣旨をまとめた国の文書の一部を紹介します。

2.大規模な集客施設に係る立地制限関係
(1)制度改正の趣旨
第二種住居地域及び準住居地域は主として住宅地としての土地利用を想定し、住居の環境を保護することを目的とする用途地域であるが、近年、これらの用途地域において、従来想定していなかった大規模な集客施設が立地することにより、住宅地に著しく多数の人や車が進入し、騒音や排気ガス等による環境の悪化、生活道路を利用する歩行者の交通安全性の低下等の様々な問題が生じている事例が見られる。…中略…
また、大規模な集客施設は、著しく多数の人々を広い地域から集めることにより、立地場所周辺の環境等に影響を及ぼすだけでなく、広域的な交通流態等都市構造レベルで大きな影響を及ぼすおそれがあるという特性を有しており、その立地については、広域的な影響についての地域の判断を反映した適切なコントロールを行うことが必要である。
改正法においては、こうした課題に対処するため、用途地域のうち、第二種住居地域、準住居地域及び工業地域において、並びに都市計画区域及び準都市計画区域内の白地地域において、新たに、大規模な集客施設の立地を制限することとした。 …後略…
『都市の秩序ある整備を図るための都市計画法等の一部を改正する法律による都市計画法及び建築基準法の一部改正について(技術的助言)』2006.11.6 国土交通省局長通知

「従来想定していなかった大規模な集客施設が立地することにより、住宅地に著しく多数の人や車が進入し、騒音や排気ガス等による環境の悪化、生活道路を利用する歩行者の交通安全性の低下等の様々な問題が生じている事例が見られる…」
どうでしょう。まるで今、少なくない区民がハリーポッター施設に感じている不安や危惧の思いがぴったりと拾い上げられていると思いませんか。
また、「遊技場」について、国は
「遊技場には、マージャン屋、ぱちんこ屋、カラオケボックス、ゲームセンター、アミューズメント施設等が含まれるものであること」
を繰り返し確認しています。ハリーポッタースタジオは、まさに「アミューズメント施設」です。これほどぴったりの用途はないとさえ思います。そしてそうであるなら、としまえん跡地に建設することは認められません。

第二種住居地域で「大規模な集客施設」の建築を制限することとしたこの法改正の流れを見ると、今回の開発計画はコンプライアンス上、重大な問題をはらんでいると重ねて指摘せざるを得ません。こうした重大な問題を真摯かつ誠実に検討することもないままに『覚書』を交わし、開発計画に事実上のゴーサインを与えたとしたら、東京都と練馬区の責任は重大です。

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