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車止め問題 私の総括

 昨日の本会議で、自民・公明から提出された決議案、つまり車止め解除を認める決議案に対する反対討論を準備していました。残念ながら討論する機会を持つことができませんでしたが、その全文を掲載します。昨日の臨時議会における質疑の私なりの総括であり、今後の出発点です。

1月23日の環境まちづくり委員会で、土木部長は
「(車止めの撤去にかかわる)本4件の陳情につきまして、現状と今後の対応の方向についてご報告させていただきます。」
として、みずから発言を求め、「説明不足等、この間の区の対応への指摘を踏まえ、地域の理解を得られるようさらに努力し、地域全体の意見交換の場を設置していくこと」を約束しました。この約束を誠実に履行することは、部長、ひいては練馬区の議会に対する公の約束であり、その成り行きを見極めることを条件に、議会は陳情を継続審議の扱いにしたのです。では、この約束は守られたでしょうか?


住民の理解を得る努力については、とりわけ5月8日の「全体懇談会」をめぐって、区の努力がおざなりなものであったのではないかという疑念は今日の質疑でいっそう深まりました。この「全体懇談会」は、町会役員を中心としたごく一部の住民に案内を出したのみで、撤去反対の議会陳情を出していた住民クループ、地元小学校のPTAまで無視して開催されていたのです。沿道住民については、区の対応が後手後手に回ったことを委員会でもきびしく指摘され、その上での部長発言であったにもかかわらず、再び三度、住民はないがしろにされてしまいました。さらに、北小PTAは、長年車止め問題に強い関心を寄せもっともていねいに区との話し合いに応じてきたにもかかわらず、今回の「全体懇談会」ではまったく蚊帳の外に置かれてしまいました。今日22日になって、PTAが23日の撤去は認められないという意思を改めて確認したことは、この間のPTAに対する区の対応がまったく不適切でずさんなものであったことをまざまざと示すものです。結局は撤去賛成派の町会役員のみで話を進めてきた結果としての「全体懇談会」は部長が約束した「地域全体の意見交換の場」とはとうてい呼び得ないものであり、こうした会合を強行し、しかもそれを根拠に車止め撤去に突っ走ろうとする区のやり方は、議会が等しく望んだ地域住民の相互理解と共通認識をさらにさらに遠のけるものと言わなければなりません。

しかし、練馬区は、なぜ撤去に反対する住民の願いとその背景にある関越道・外環道整備の歴史に思いを致さないのでしょうか。区は、1992年の区議会における撤去陳情採択を錦の御旗のようにしてふりかざします。しかし、この採択は、無条件で撤去を認めるものではありませんでした。それは第一に、「関係住民の理解が得られるよう十分に努力すること」を求めたのであり、第二には、車止めとは違った手段と方法であれ、通過交通を排除し、地域の住環境、生活環境を守るよう努力すべき責務を区に課したのです。
今年2月の予算特別委員会で、私の質問に答えて、理事者は、1971年に議会が確認した「通過交通のない生活道路とする」という側道の基本方針がいまなお有効であることを認めました。当然、1992年の議会の結論も、この基本方針を否定するものでも変更するものでもありません。通過交通を排除した生活道路としていくことは当初から変わらぬあの側道の基本的な位置づけであり、議会の意思でもあったのです。車止めの撤去に対して住民の理解を得ようとするならば、区は、まず何よりも、いかにして通過交通を排除し、地域の安全と環境を守るかについて責任ある対策を示し、住民と知恵を絞るべきです。それ抜きに「道路管理者としての責任と権利」を盾に車止めの撤去を強行しようとするだけでは、住民、とりわけ沿道住民の不安と疑念は消え去ることがないでしょう。

区長の行政報告と今日の限られた質疑の中でさえ、住民の理解を得る努力は尽くされておらず、土木部長の議会への約束はいまだ履行されていない疑いはますますふくらんできます。このまま明日23日の撤去を無為に見過ごすとしたら、議会の存立意義が問われると言わざるをえません。われわれ議会は、区民の自治と民主主義の砦として、地元住民の理解を得るという、まちづくりも含めた自治と民主主義の基本がしっかりと守られているのか、常に検証する責務があります。議会は、みずからの検査権を行使して、区が車止め撤去を決定したことの合理性、正当性を検査すべきです。
以上の理由により、自民党・公明党が提案した「関越側道車止め解除に関する決議」に反対するものです。

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