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区議会議員として

2003年に初当選してから、もう20年になります。2014年に、現職区長の急死を受けて行われた区長選に挑戦し、敗北。5期目に入った2021年には都議選に挑戦しますが、僅かに及びませんでした。浮き沈みの激しい政治家人生ではありますが、しかし、いつも根っ子は練馬の町、練馬の暮らしにありました。地域に根差し現場に腰を据えた努力だけが、真に民主主義を再生させ、政治を変えていくことができると信じて力を尽くしてきた20年でもあります。

練馬の区議会は、自民党と公明党などが与党となり、圧倒的な多数を制しながら区長を支えるという構図がずっと続いてきました。たった一人の議員に何ができる? という声を頂くこともしばしばありましたし、確かに最後は多数で決するというのも民主主義の原則です。一人の議員活動で議会を変え、区政を変えるのは至難のことです。

しかし、議会は言論の場でもあります。鋭い批判や的確な指摘を道理も根拠もなく否定できないのもまた、議会の原則です。そして何より、私はいつも現場にいました。当事者である区民といつもつながっていようと思ってきました。現場を知り、現場とつながる1人の議員は、ときに何人分もの力を発揮することができる。これは私の信念であり、経験則でもあります。

2023年、区政への復帰をめざし、区議会議員選挙に挑戦します。ただ復帰するだけでなく、都政ともしっかりとつながりながら、そしてまた、世界に広がる視野を持ちながらの新しい挑戦でもあります。注目して頂ければ嬉しいです。

議員活動の記録

2003年 4度目の挑戦で、区議会議員初当選。4,050票。
小中学校に残る大量の吹き付けアスベストが大問題に。議会動かし全面撤去実現。
市民の声ねりま発足、代表に。
2004年 東大泉・東映跡地での巨大マンション計画見直し求める。
区内全域で建物の高さ制限導入へ。
2005年 当事者・ご家族とともに学童クラブの障害児受入れ拡大に取り組む。受入れ基準の見直しを実現。育成協力員制度導入へ。
中村哲医師現地報告会を開催。以来、練馬で計6回の報告会を開催、延べ1万人が参加。
2006年 保育園の民間委託が議会で大きな議論に。対象園の保護者とともに奮闘。
2007年 区議会議員選挙。4,636票で当選(2期目)。
練馬清掃工場建替え計画公表。ごみ減量と工場削減求める。
2009年 年越し派遣村を応援。
2010年 大泉二中を分断する道路計画に反対し地域キャンペーンに取り組む。“学校守れ”の世論の先頭に。
2011年 区議会議員選挙。4,148票で当選(3期目)。
3.11後の混乱の中、「原発に頼らない練馬を」「被災地とつながる区政を」。
地域医療を守るため、日大光が丘病院の存続を求める。
2012年 「仮設」の違法建築問題を暴露。
隠ぺいに走る区の体質をきびしく批判。
2013年 住民の避難が続く福島県浪江町を訪問。“原発被災”の現状を目の当たりに。
2014年 2月、志村区長の急死を受けた区長選に立候補。28,372票を獲得するも落選。
保育所待機児童問題が深刻に。緊急対策を求める。
2015年 区議会議員選挙。5,836票で当選、議会復帰(4期目)。
石神井公園駅南口「再開発」問題の追及開始。区政最大の懸案の一つに。
2016年 光が丘四中廃校、小竹小等の統廃合に反対し、地域へ共感広がる。
学校図書館への学校司書配置求める。教育委員会、直接雇用の検討に向け、方針見直しへ。
2017年 築地市場の移転問題で前川区長の東京ガス天下りを問う。
児童相談所の区移管求め、前川区政と大論争。
2018年 放射36号線、156号線などの道路問題に取り組む。
<小室等&李政美 平和のためのライブ2018>開催。
2019年 区議会議員選挙で5期目の当選。石神井公園駅南口「再開発」、西武新宿線立体交差、大二中の道路問題、児童相談所の区移管などを柱に選挙戦をたたかい、5,624票の支持を頂く。
2020年 前年、銃弾に倒れた中村哲医師をしのぶ集いを開催。
根拠に基づくリスク・コミュニケーションの実現と医療・保健体制の強化などを訴え、新型コロナ問題に取り組む。
2021年 区議会議員を辞し、無所属で都議会議員選挙に挑戦。時点で惜敗。その後、漢人あきこ都議の政策スタッフとして都政に関わる。
2022年 都議選をともにたたかった仲間を加え、新たに<つながる市民・練馬>、スタート。
たくさんのサポートに支えられ、事務所を守り抜く。
2023年 区政復帰をめざし、区議会議員選挙に挑戦。