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谷原保育園のこと ~「廃園」の無茶と無理~

練馬区立谷原保育園の「廃園」方針が、大きな議論となっています。

谷原保育園は区内谷原5丁目、目白通りと大泉街道に囲まれた一角にあります。幹線道路に近いと言っても、あたりは低層の住宅街、すぐ北には大きな農地=生産緑地が接して広がっています。
谷原保育園は定員95人。開設は1966年、園舎は築55年になります。

その谷原保育園が廃止されようとしています。区の示したスケジュールでは、廃園は2026年度末、つまり2027年3月です。それにしても、なぜ突然の「廃園」なのか。

「区立」はもういらない!

谷原保育園の「廃園」について、区はこう説明しています。

⾕原保育園は、築55年が経過し、⽼朽化が進⾏していることから、近隣に⺠間保育園を誘致し、閉園の周知前に入園している在園児が全員卒園する令和8(2026)年度末を目途に閉園します。その他、築50年以上で大規模改修が未実施の保育園については、必要な修繕を行いながら、周辺の保育園の整備状況や保育ニーズなどを勘案し、今後の方向性を検討します。
          『公共施設等総合管理計画(実施計画)』素案

築55年は、区の施設管理の考え方からすれば建物の改築(建て替え)を検討すべき時期が近いということになります。しかし、区は谷原保育園の「建て替え」を選択しませんでした。代わりに出てきたのが「近隣に民間保育園を誘致」です。普通は「老朽化が進行している」、だから建て替える。しかし、区の頭には「建て替え」はなかった。「民間保育園を誘致する」、だから区立保育園はもういらない。そういうことです。保育園が残るんだからそれでいいだろう。そう言わんばかりです。

しかし、ここには大きく深刻なごまかしが少なくとも二つ、あります。一つは、公立(区立)であれ、私立であれ、保育園なら同じだということは正しいのか。正しいとしても、それを関係者とりわけいきなり「廃園」を持ち出された園の保護者は納得できているのかという問題です。そしてもう一つは、子どもたちの保育の継続性という点で、建て替えと廃園=私立園誘致では全く条件が異なるのではないかということです。

「公立」と「私立」は同じではない

「公立(区立)」保育園と「私立」保育園は、たとえ同じ認可保育園であったとしても、そのありようは大きく異なります。とりわけ異なるのは、「安定性」「公開性」「権利性」そして「営利性」です。

  1. 区立園は直接、行政が自ら設置します。事業の継続性と高い安定性は、行政によって担保されています。他方、私立園は、開設する法人の存廃や経営方針によって縮小・閉鎖、破たん・破産のリスクを負っています。とりわけ営利企業が経営主体である場合は、園の存続は“市場”の動向と収益状況にさらされて不安定になります。
  2. 区立園は、条例に基づいて設置され、予算によって運営されます。運営の基準、体制、方針、状況は、区民や区議会に対して可視化されます。私立園は、国や都が定める一般的な認可基準や運営基準には従いますが、たとえば経理の状況、職員の配置状況や労働条件、保育方針などもどこまで公開するかはそれぞれの経営法人の裁量の中にあります。
  3. 区立の場合は、当該園の利用者だけでなく、すべての区民、議会、さらには職員も、その園の運営に対して直接にチェックをし、監査をかけ、あるいは情報の公開を求める等々の権利を保障されています。これに対して私立の場合は、独立した経営の下にあり、区立の場合には保証されている権限・権利は区民にも区議会にもありません。
  4. 私立園の場合、とりわけ営利法人が経営する場合、園の運営に当てられるべき税金や保育料の一定部分が、常に法人の収益として保育園から外に流出していきます。営利法人にとって、保育園経営は常に利益を上げるための手段でもあります。収益を目的とした園運営は、子どもたちの安全や保育士の待遇や施設の環境等が後回しにされていくリスクを常に負っています。

分かりやすい例を上げましょう。区立園であれば、園の運営に関するすべての情報・記録が条例に基づいて情報公開と個人情報保護の対象となります。一方、私立園は、情報公開条例ならびに個人情報保護条例の対象外です。また、区立園であれば、保育料はもちろん、その他の保護者負担も常に議会のチェックを受けますが、私立園であれば、保育料以外は園の裁量でさまざまな利用者負担を求める余地があります。民間委託の場合でさえ、委託園の保育士の給与や労働条件は法人情報として非公開扱いですし、一定の割合が「法人管理費」等の名目で保育以外の場に流出することが公認されていますが、民営化されればもはや事実上のブラックボックスです。

公立と私立で保育の質に差はあるか? こんな議論がしばしば区議会でも繰り返されてきました。公立でも劣悪な保育環境に甘んじている施設がないとは言えませんし、私立であっても頑張って子どもたちを守り育てている園もあります。しかし、そうしたレベルとは違ったところで、公立と私立の間には大きな違いがあるのです。一言で言えば、私的な利益に左右されない運営が約束され、自治体(行政・議会)を介して広く市民がその在り方に関与できる仕組みがあるのが「公立」です。それこそ「公(おおやけ)」の本質であり、意義なのです。

「委託」→「民営化」との大きな違い

谷原保育園の「廃止」計画は、区立保育園のスクラップ化と一体となった保育の民営化です。これまで区は、区立保育園の民間委託を進めてきました。その先には、委託園の民営化も視野に入っていました。しかし、直営→委託→民営化という流れと比べても、今回の谷原保育園の廃園計画は異様に乱暴で強引です。

委託を通した民営化ても、区立園としての廃止であるという点は同じです。しかし、少なくともこの場合、まず直営から委託への移行に当たって数年にわたる手続きと準備、合意形成のプロセスが曲がりなりにも保証されます。そしてさらに15年間の委託の実績を踏まえて、初めて民営化が視野に入ってくるのです。委託から民営化まで、区立保育園の廃止に至る流れはいわば漸進的であり、事業者の評価、そして移行における保育の安定性と継承性は常に大きな課題であり続けます。

谷原保育園についてみても、建て替えであれば、工事中も仮設園で保育は継続されます。建て替え後に委託化が計画されたとしても、基本的に、在園児はそのまま通い続けることができます。しかし、谷原保育園の廃止は、全く異なります。保育は、断絶します。保育によって培われた子どもたちのつながりは、機械的に壊されます。谷原保育園から誘致される新しい私立園には、継承されるものは何もありません。唯一、在園児の保護者が希望すれば新しい私立園への入園が約束されているだけです。一つずつクラスが減り、仲間が減り、そして保育士も減っていく正式廃園までの5年間、子どもたちや保護者はどんな思いで過ごすのでしょう。
とりあえず預ける場所があればいいじゃないか。区は、そう考えているとしか思えません。半世紀を超す歴史を刻んできた区立谷原保育園の歴史も積み重ねも、そこで大切にしてきた価値観や受け継がれてきた保育の質も、何の考慮も愛着も敬意も払われていません。

乱暴です。だから、たくさんの人々が怒っているのです。

目先の財政しか考えないのか!?

それにしても、区は、いや前川区長は、どうしてこんな乱暴なことをやろうとしているのでしょうか。

実は、事態が動き出すきっかけとなったのは隣接する北側の生産緑地の所有者から「買取申出」が出されたことでした。7月2日、「主たる従事者の死亡のため」生産緑地として農業を続けることができなくなったということで、法律のルールに基づいて区に買い取りの申し出が出されました。そして、区は買取を決断します。
少なくともこの時点では、谷原保育園の廃止方針が決まっていたわけではないと思われます。保育園を所管する教育委員会としては、谷原保育園の建て替えに際しての仮設園舎の敷地確保という考え方も想定していたはずです。しかし、このあと9月にかけて区の方針は大きく展開します。
通常、区立園の建て替えのために土地を確保する場合は予算措置を伴わない土地開発公社による買い取りという方法を取りますが、区は公社ではなく用地取得基金を使った土地の購入に動きます。公社で買うことができるのは、原則として、区がみずから行政目的に使用する予定の土地です。他方、基金を使えば、区がみずから使用しなくても、例えば今回のケースのように、第三者に貸したりするための土地でも購入することが可能です。

用地取得基金による土地購入を選択したということは、区が谷原保育園の廃止を視野に入れたことを意味しています。しかし、それでもまだ9月の時点では区はこう言っていました。

当該用地は、老朽化した区立谷原保育園に代わる新園整備予定地としての活用を見込んでいるが、新園の整備手法が未定であることなどから、練馬区土地開発公社での用地取得になじまないため、用地取得基金を活用する。
『練馬区用地取得基金条例施行規則に基づく用地取得計画の策定について』2021.10.13)

「新園の整備手法」は未定。誘致なのか、区がみずから整備するのか。腹は決まっていたとしても、この段階では「未定」と言わざるを得ませんでした。それほどに唐突な、計画性のない「廃園」方針だったからです。

なぜ区立保育園としての建て替えではなく「廃止」を選んだのか? 所管の課長がわかりやすい答弁をしています。

保育計画調整課長 施設の整備費ということで申し上げますと、私どもが試算してございますのは、今回は私立園誘致、それから、谷原保育園の閉園でございましたら、用地取得費がかかるわけでございます。それを加味いたしましても、民間が施設を整備するということで、区につきましては補助金を支出し、区の一般財源の負担額としては1.7億円。
 仮に、谷原保育園の移転改築でございましたら、用地取得費は同様にかかるわけでございますけれども、整備費用につきましては区が全額持ち出しということがございますので、区の一般財源負担額としては3.9億円ということで、約2億円近い差が出てくるということです。
(2021.12.02 区議会文教児童青少年委員会)

区立保育園を廃止し私立園を誘致した方が、整備のための区の負担が2億円近く少なくて済む。課長はこう言っています。この数字がどのくらい根拠があるのか、どんな仮定にもとづいて算出されたのか、詳細は分かりません。ここは区議会でぜひ究明してもらいたいところですが、整備費の差は施設の耐用年数をどう考えるかによっても大きく変わってくること、また、そもそも区立施設の整備費については一定の考え方に基づいて都からも財政的な措置を受けていることだけは指摘しておきます。

いずれにしても、財政的な思惑、端的に言えばどちらが安上がりかという判断だけでこれだけ唐突で乱暴な廃園計画に突き進むほど、練馬区はお粗末な自治体に成り下がってしまったのです。そしてその裏側には、公立園の固有の意義や役割を全く考慮しない(できない)前川区政の姿があります。

谷原保育園の廃止は、園児が減り、保育を必要とするニーズ自体がなくなったからでは全くありません。「老朽化」は建て替えの必要性を教えるものではあっても、廃止しなければならない理由には全くなりません。谷原保育園の廃止は、ただただ、区立園を減らし私立園に置き換えていく保育の「民営化」を進めるハンマーとして打ち出されたのです。

最初に紹介した区の見解には、こうも書いてあります。

築50年以上で大規模改修が未実施の保育園については、必要な修繕を行いながら、周辺の保育園の整備状況や保育ニーズなどを勘案し、今後の方向性を検討します。

築50年を過ぎた保育園は、すべて、これからは「必要な修繕」しかやってくれません。長寿命化のための大規模な改修すら考えないということです。まして、改築=建て替えという選択肢はもはやありえません。古くなった区立保育園は、条件が見つかり次第、次々と廃園にしていく。それが前川区政の新しい方針です。
練馬区には、今、公立保育園が60あります。2006年に東大泉第三保育園を開設したのを最後に新しい区立園は作られてはいませんが、いよいよ区は、区立園のスクラップ化に踏み出そうとしています。

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