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介護保険が始まるころ ~支給限度額とは何だったのか? (その3)~

介護保険の支給限度額についての投稿を、再開します。

   【これまでの記事】

前回の記事で紹介した参酌標準は、それまで「標準的なサービス利用の例」として議論が重ねられてきたものを整理・集約したものでした。この表は、じっくり見ると大変興味深い。議論が尽きません。このサービスモデルで実現しようとする要介護高齢者の生活とはどんなものなのか。これで、例えば一人暮らしの介護はどこまで支えられるのか? 例えば認知症の場合は?
当時、議論は霞が関の専門家と役人の世界をはるかに超えて全国に広がりました。市民、当事者、自治体関係者、事業者を巻き込んで「介護の社会化」を目指した“モデル”を構想しようと活発な議論が展開され、制度誕生の大きなモチベーションの一つとなりました。私自身も全国で講師に呼ばれ、おそらく何千人の人たちと、このサービス・モデルを入り口に望ましい介護サービスの水準について熱い議論を重ねました。本当に、皆さん熱心でした。措置から権利へ、という当時の厚生省のスローガンが真実のものとなるとしたら、まさにこうした過程を通してであるにちがいない。私はそう確信したものです。
少し先走りました。
介護保険を設計するにあたって、参酌標準に整理されたような利用の標準、いわば“サービス・モデル”を確定することは、制度の根幹にかかわるものでした。それは、介護の社会化の柱となるべき介護保険の理念を具体的に伝えるために必要であったというだけではありません。
介護を社会保険の方式で被保険者の権利として給付するとすれば、具体的で明確な給付の原則を立てなければならず、そのためには保険給付の範囲を定めるための標準化は不可欠です。介護保険制度の創設を正式に打ち出した節目となったのは、1996 年4 月22 日に老人保健福祉審議会から出された報告書『高齢者介護保険制度の創設について』ですが、すでにその中に、介護の必要度に応じた給付額の範囲を定めるという考え方が明示されています。

介護給付額の設定

○要介護状態にあると認定された場合、高齢者は介護の必要度に応じて設定された介護給付額の範囲内で、自らの判断と選択により実際に利用した介護サービスについて保険給付を受けることができることとすることが適当である。

(1)在宅サービスについて

○在宅サービスの介護給付額は、要介護高齢者の平均的な生活実態を踏まえ、地域差等を考慮しつつ要介護度ごとに想定される各サービスの費用額に基づき設定することが考えられる。

介護給付の額は「平均的な生活実態を踏まえ」「要介護度ごとに想定される費用額に基づき」決める。これが制度の骨格でした。そして、まさにこの「想定されるサービス」の範囲を確定することが制度設計の最初の仕事となり、その一定の結論として整理されたのが「参酌標準」だというわけです。
参酌標準が確定したのは、1998年10月7日に行われた医療保険福祉審議会老人福祉部会の場でした。その後、各サービスの報酬を巡る議論が本格化し、それを踏まえて。2000年1月24日、医療保険福祉審議会に区分支給限度額が正式に諮問されます。合同部会の資料では、“サービス・モデル”と限度額との関連がとても簡潔に、間違いようのない形で書かれています。こうです。
「各要介護度のサービスの標準利用例に基づき、サービスごとの介護報酬単価を代入し積算する」
資料には、各要介護度ごとにどのようにこの積算が行われたかを示す詳しい計算式も出てきます。要介護5の「訪問型」の利用例をベースにしたものです。
つまりこうです。介護保険は、保険としてカバーする(保障する)範囲を「標準的な利用例」として明確にした。そして、この「利用例」に各サービスごとの単価を掛け合わせることで導き出されたのが、在宅サービスの区分支給限度額である、と。
だとすれば、私たちが制度検証に当たって立ち返るべき原点も明確です。「標準的な利用例」は実現されたのか。それは、高齢者の生活実態や介護保険の理念に照らして果たして今でも適切十分なのか、ということです。

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